やることリスト

やることが多……い!やることが多い……こんなに…タスク抱え人間でしたっけ?らだは……そうでしたっけ……でもたくさんねちゃいます。ごはんもたくさんたべちゃいます。健康

 


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そう…ですね、だいじょうぶだよニンゲンそんなものですそんな時期もありますと言ってなまぬるく溶かしてしまいたいのが半分、わたしもそんなふうに一度オワリを迎えているのでそうなってはいけませんよと言いたいのが半分、そしてどちらにしたってなんの救いにもならない気がしてなにも言うべきではなく感じているのがあと少しといったトコロ……でしょうか、総括としてゎ

 

自己肯定感がたかいと、ウン、ウンウンその自覚はとってもステキなことで誇るべきものだとおもうけれど(そしてとても大事なことだと)、ただ、ほんとうにそう…かな?ほんとうにそうかな、きっと今たくさん時間がある(あってしまう)とおもうから、どうせならね、後悔の気持ちと泣きたい気持ちと、それに限りなくジャマされないところでちょっとだけ、もうすこし、自分の解像度というものをあげることをこころみるのもいいかもしれません、解像度、自覚、自認、自分のこと。

自己肯定感がたかいのがイチバンの長所だと、それをなくすのがこわくて見えないように奥底にしまっているもの、ちょっとこわごわのぞいて一度全リセットするのも、ひとつ。そのまま暮らしているとそのうちにどうしようもなく終焉を迎えてしまうばかりだからね、それはわたしがそうだったから……よく知っているし、だからちょっとだけ、わたしにしては強いことばを使うかもしれないけれど、イヤもちろんわたしがそうだったからといって同じ道を辿るだなんてそんなハズはありませんが、そのままではどうせ終わってゆくのだから一度壊して組み立てなおしてみてもいいというハナシ、どうせです、どうせどうせ、どうしようもないなら、もちろんそうしたくないのもひとつ、どうするかは結局のところ自分のこと。


まあなにも、自己肯定感の高さというものは決して自分をゆるすことばかりではないとおもいますけれどね、自分がゆるせない自分がそこにいることもまた認めておけばいい、それもまたしっかり自分であって、見て見ぬふりをするのは……それはそれで楽で生きやすさですが、自己を肯定してあげるならダメなところもよく見て紐解いて分解して解剖して溶かしてギリ飲み込めるところまで。


病院でなにかしら名前をつけてもらうことだってそれもまた救いで、もしかしたら薬ひとつでなおることかもしれないのは救いであって、そうでなくただ怠惰であるだけだと知ることも、またそれはそれでそれなり。

自分でゆるせないと言うように、まったくきっとゆるされたいのは他でもなく自分にだとおもいますけれど、だってわたしはそういうあなたのことをゆるせるし、あなたに愛情を向けてくれるひとたちだってゆるさないなんて言わないハズです


それからいつだってだれかに話すのは大正解です、わたしはあなたのそういうところを悪いとはおもわないしぜんぶまるっとゆるせるしそんなもんだよなあとおもうよ、わたしはぜんぶに取り返しがつかなくなって大事なものをたくさん捨てたけれど今かなり地に足ついて不自由なく生きているし、そんなことで人生はおわらない、カンタンに終わらせてはくれません案外、そんなことだと言えるときがくるまでダラダラ生き延びてやればいいワケです、なにもせず生きているだけでも勝手に終わって勝手にまたはじまったりしてしまうし、勝手にそうなってゆくあいだに自分のことなんて考えながら。

 

変わらない人間なんていないということ、数年前に思っていた絶対なんて数年後にはすっかり変わってしまうことだってあること、平等に時は過ぎるしそのぶん平等に歳をとること。

わたしに言えることなんてほんとに、なにもない、なにもないと言うわりにダラダラしゃべってみて、こんなものがなにになるともおもえなくても、少しはなにかになるといいなとおもっているのもまたわたしです。罪悪感も後ろめたさも後悔も、なんとか自分の一部に溶かして生きてゆけることを願います、あのときがんばらなくてもいいよと言ってもらったことが救いだったわたしを思い出しながら、あのね、がんばらなくてもいいよ、図太く生き残れたらそれだけがハナマルです。たくさん泣いてたくさん溶けたら、時間はかかってもゆるりと元のかたちに戻ってゆくのを(かたちが同じでも成分はまったく違うかもしれませんが)待ってみるのもいいかもしれません、焦るのはしかるべきときだけでだいじょうぶ、なるべく栄養のあるごはんをたべることだけオススメしておきます。

 


きっと時間をかけて文章にしてくれたとおもうのでありがとう、こちらはあまり時間とれずゴメンねです、またなにかあったらいつでも

 

https://youtu.be/D9huLGQtGX4

わんっ

 


ブログ更新してなさすぎてさすがにウケたのですがマジでほんとうに時間が……無……時間ってない……なくない……か……やること多め、でもとても健康的に生きているので(健康的すぎるくらい)ご心配もご遠慮もだいじょうぶです、すごくげんきです。

 

 

 


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結論から言うと続けるも辞めるもぜんぜんどっちもアリだなと、おもうカナ〜と、おもいます、ね。

なんというか……今は辞めたいというきもちが優先しているとおもうので、もちろんそれは大事にするべきだとおもうし…心をすり減らしてまでやることかというのは、それはもうそのひとそのひとの状況によりますけれど、平均的にはそこまでして続けてやることもないとはね、おもうよ、それはそうです。

ただ迷惑をかけるとかそういうこととは別に(そして迷惑とかそんなことはあまり考えなくていいとおもっていますわたしは)、バイトや仕事を辞めるってそこそこに体力気力を使うよね、辞めるだけならともかく次を探すのってね……ダルですよね、これは何事も。ま〜〜だからこそ辞めるなら早く辞めるべきだともおもうかもねっ、その、なにもやりたくなくなっちゃってどうしようもなくなるまえに、まだ体力や気力があるうちに、辞めるなら早いほうがいい、どちらにとっても。

 

バイト先の対人関係がイヤとか、環境がイヤというならね、それはもうどうしようもない、そのうち変わるのを待ってガマンするとか考えないほうがいいね、他人は自分のチカラで変えられるものではないから、よほど自分がそこにいたいということでなければさっさと逃げるに越したことはない、かな〜。

ただただ仕事に向いていないな……とおもうだけなら、それはもうきっと慣れの問題が大きいかなとおもっちゃいがち…だし(わからないけど、バイトにできることなんてのは所詮そんなものであることが多いとおもうので)、続けてみるのもまったく悪い選択ではないとおもうね、その場合いつでも辞めてやるからなとおもっていると気が楽です、雇ってもらってるとかおもわなくていいし、働いてやっているのですが??とおもっていますわたしはいつも


自分のこころを守ることってとっても大事なことなので、辞めるのはホントに悪いことじゃない、ホントにそうだよ、あのねホントに……いろいろ言うひとはたくさんいるし迷惑かけたくないという気遣いや善意はとても、とてもね、ステキなことだし、忘れないほうがいいきもちだとはおもうけど、でもね〜…いいよ、自分のことイチバン大事にしていいのは全人類そうですのでね、バイト先の人間たちも辞めれば赤の他人だし、そう、辞めれば他人辞めれば他人所詮他人という割り切りも、少しはあっていいものです、それもまったくわるいことではない。


わたしがどちらかに背中を押してもいいけれど、でもやっぱり最終的には自分で決めるべきことです、どういうところがしんどくて、どうすれば続けられるか、それともこれはどうしたってムリだなというところに落ち着くか、ゆっくり…そういう余裕が少しでもあればですが(そういう余裕が少しも作れないほどならかなり辞めたほうがいい寄りかもしれません)、自分のきもちを紐解いて考えてみてもよいかなと、おもうし……どちらにしたってそんなに大したことではないよ、大したことなんていうのはそんなにたくさんはないということ、世界。

 

蛇足わたしのバイト経験、①3ヶ月でムリムリ!とおもって辞めた初バイト(ホテルの洗い場だったのですが毎日お皿のガチャガチャいう音が頭に残ってとってもイヤだった)、②仕事内容も環境も全く悪くなかったけどめちゃくちゃゆるゆるでそのとき精神が終わっていたので1ヶ月で行けなくなってそのまま飛んだバイト(これはマジでゴミ)、③半年ちょい働いて精神が終わって(精神が終わりすぎ)毎日泣いてて泣きながら1回辞めたけどお金がなさすぎて出戻りして開き直ってみたらわりと楽しくなってなんやかんや引っ越すまで続けたバイト、④バイトしてたらいつの間にか社員になってた(今)


所詮バイトだし、その通り、重く考えなくてだいじょうぶだよ〜っ、とか、言っちゃっていいかなとおもいますかもね、そしてわたしにあやまることなんてなにもないし、わたしに送るべきでないものなんてなにもないし、あまりくるしくなりすぎないように、わるいことなんてなにもないよう、ねっ。

11月

もう30日ってマジですか?ほんとにあっという間に年老いて死ぬのだろうなと思って死ぬ

 

 


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まずこのマシュマロをもらってから4日も5日もも経ってしまったからもうとっくに喉元すぎてしまった苦しさかもしれないけれど、そしてその状態でこれを見ることで思い出させてしまったら申し訳なくおもうのだけれど、なにかしら返信しないままでいるのはなんというか、いけないので、もう解決してしまっていたら他人事とおもって読み飛ばしてしまってちょうだいne。そして遅くなってごめんなのね

 

とはいえ、そうですね、なにぶん情報量が少ないので言えることなんて無いに等しい気すらしてしまう…し、どういう風にダメなのか、ダメだとおもってしまっているのか、わからないですが、アドバイスのようなものを求めてくれているのか、慰めがほしいだけか、わからない、ですが。

まあ脳死にダメじゃないよ大丈夫だよなんて言うのはとってもカンタンなコトです、甘ったるく溶かしてしまうことはきっとカンタンです、ただわたしは心の底からそれを言えるよくできたにんげんではとてもなく、もちろん言うだけならいくらでも、それで救われるなら言ってみてもいいかもしれません、ただ、でも、大して心がこもったことばにはならないでしょう、そんなものは気休めにもならないただの自己満足定型文お芝居の台本時候の挨拶みたいなものです、悪いワケではないけど、それではつまらないし満たされないねきっと。

 

 

文章以上のことを読み取るチカラはなかなかないのでね、具体的なことは言えませんが、ダメでもよくない?というところ、まず。ダメってなんだ、ダメってなんでしょうか、駄目、インターネット辞書曰く、よくない状態にあること、用をなさないこと、以下略。

 

なんかさあ、求められすぎだって、そして求められていると思いすぎ、だって、悪い意味じゃなくね。よくないか、なんにもしてないのが悪いなんて、なにもできないのが悪いなんて、よくないか、よくないですか、べつに、できるひとができることをすればいい、できないのがやれないのが悪だなんて世界中どこを探したってそんなことは書いていないよ。

 

たぶん自己嫌悪なのだろうと勝手におもうけど、自分でまで自分追い込むことないんだよ、ほんとに、世間の風潮とか、他人様の視線とか、ウザイしダルいしコワイけど、そしてダメ(だと思ってしまうような)な自分に腹が立って悲しくなる苦しくなるのも…わかるけどね、誰だって自分のこといちばん大事にしていいんだって、ダメだって言い聞かせることないって、

 

 

月並みなこと言うけどね、そこにいればいいんだってば、生きていればいいんだよ、わかんなかったら忘れちゃったら何回でも言うよ、そこにいてよ、生きていてください、それで十二分だから。おいしいごはん食べよう、ゆっくりねむろう、悪い夢を見たら電話でもしようよ、会って話そう、手を握ろう、世界のことなんてほっとけばいい、怒ってるヤツなんてほっとけばいいよ例えばそれが自分でも。


寒いからね、落ち込むけどね、自分のために生きていいです、ゆっくりしようヤ、大事なことなんてそんなにたくさんないよ、なんもわかんないけど、ダメなところも笑ってあげるねわたしのダメなところも聞いてよ笑えるぜ、それでいいってなんにも、わるいことなんかないですよ。

 

 

 

服脱いだらメチャさむくてウケた。あったかいお風呂入ってね〜


https://youtu.be/RT0YtDL8UVE

https://youtu.be/rnSsptZaYsM

 

 

寝すぎ

2日間マジガチ永久に寝てすごしてウケた(ウケない)(なんもしてな〜い)。そういうこともあるよね(そういうことしかな〜い)。

 

 


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まずなによりなにより奨学金なんてものは所詮まあまあデカめの借金なので(受けようとしていたものが給付型ならこの話は読み飛ばしてくださいですが)、借りないなら借りないで借りないに越したことはないのはひとつです、たしかにわたしも奨学金のおかげで生活は随分楽でしたけれど、なくなったあともなんとかやってゆかれていたのでね、その点はほんとうに、親御さんのおことばに甘えることはなにも問題ではない、ヨ、できるうちに甘えられるだけ甘えればいいし親の脛をかじれるだけかじっておくものです学生なんてものは。

 


わたしにそういう経験があるかというハナシなのだけど、ウーン……たぶんない、かな、ないとおもう、幸運なことにとても健康で、成績もまあそれなりだったし、自分のコンプレックスでなにか失ったようなきもちになったことは、たぶんない、申し訳なく思うことも申し訳ないけれど常々恵まれた環境に置かれてきた人間です、わたしは。

 

“みんなと同じ”であること、が、大切なことだとはわたしにはどうにも思えなくて、ほんとうにほんとうにいろんな人間がいる、例えばわたしは大学を辞めたことを後ろめたくなんて思わないし、留年していても平気そうなアイツ、大学を辞めて子育てをしているあの子、給料日の翌日には1文無しになっているあの人。

“同じ”に安心するのはよくわかることなのだけど、でもべつに、べつにさ、べつにね、いいんだよ、自分のペースで自分でがんばれていると思えるならそれはじゅうぶんなことです、ゆっくりでも前に進もうとしていることはとても立派なことで、とてもステキなことです、それができないひとだってたくさんいること、そう、世の中にはほんとうにいろんな人間がいますのでね。

 


そもそも奨学金にしたってそれは受けられることが当たり前かというと別にそんなことはなく、受けられることがプラスにはなっても受けられないことがマイナスになったりはしない、と、おもいますヨ。体調が良いことがプラスになって体調が悪いことがマイナスになったりするのだって……そんなのは、根本的に世界が全くまちがっているというだけです。

 

ただ奨学金の選考をする人だってそれはまあおしごとですから、だれがわるいとかなにがわるいとかなくても落とす人間を落とす理由を無理やりにでも見つけなければいけないワケで、それが今回たまたまあなたの体調のことだったかもしれないけれど、だからそれが悪かったのかというハナシは……それはまた、わからないことです、ラジオに送ったメールが選ばれなかっただけのようなことかもしれないし、引いてみたクジでほしいものが当たらなかっただけのようなことかもしれないし、そんなに悲観的になることはきっとない、悪い想像力をはたらかせることはない、だいじょうぶです、あなたががんばっていることは良い方向に向かいますいつだって、今ではなかったかもしれないけど、あきらめることなんてない、それだけのこと、だよ、きっとね。

それでなにかが欠けてしまうとか、失われてしまうとか、ないからね、だいじょうぶです。

 

 


わたしもいろいろ余裕なくておへんじおそくなってごめんなのね、だいじょうぶですヨ、なにもわるいことなんてないよ、自分のこと否定してあげないでいいよ、わるく捉えてかなしくなることなんて、もちろんあってもいいんだけどねそういうことだって、でもねだいじょうぶです、自分のペースで生きてゆければそれだけで120%、あとはたまに付加価値もついてくるかも、そのくらい。

 

大抵世界の進んでゆくペースは早すぎるけどわたしたちだって立ち止まっているワケじゃないものね、急ぐのがいいことばかりじゃないってみんな気づいているハズなんだよ、ゆっくり気楽に生きればよいです、苦しまなくていいよかなしまなくていいよ、ネ〜。

 

 

あ〜結局ホットケーキ焼きそびれたなん

 


イベント中止の畏まった文章ももう見飽きたこの頃、ですね。すぐ終わるだろうとすぐまた日常を過ごせるだろうと思っていたのはいつのことか、日常と非日常も入れ替わりそうな、なんだかそんなよのなか、毎週のように顔を合わせていたひとたちがどうしているのかもぼんやりする月日、わたしの心情の文章。

 

 


イベント延期中止どうこうというのが本格的になり始めたちょうどそのタイミングで関東から実家のド田舎に帰ることになり、関東にいた数年(とくに2018年2019年は)ほんとうに狂ったようにイベントにライブに足を運んでいたワケで、実家に帰りたくないというのはまったくそれだけが理由であったと言っても過言ではないほどでしたほんとうにほんとうにそうですほんとに。

ので……正直なところ、もう、それはもう安心した、不謹慎で失礼でどうしようもなさの極まるところではあるけれど、安心した、イベントが開催されないならどうせ関東にいたところで同じことなのだし、いつまで続くかわからないけれど少しの間でもその心の負担が軽減されることに、安心しました、今も、きっと同じように狂っていた人たちに比べれば随分落ちついたこころで中止の案内を見ていられる、どこかでまだ自分のこころが守られることに安心しながら。

 

また再開されたら、きっとツイッターを見れなくなるくらいにはなるだろうなという気持ちで、羨ましくてくるしくてたまらなくなるのは想像にかたくない、楽しそうでよかった再開できてよかったと心から思っていられるほどにできたにんげんでは、ありません。

足を運ぶお金や時間がないワケではなくとも、感染症の蔓延していない地域に自ら持ち込むリスクなんて背負えない、地域のことはともかく身体の悪い両親のことを考えずにはいられない、そのくらいの理性や人間らしさはわたしにだって。

 

とはいえそんな心配もいまだ無意味に思えるくらいの、落ち着かない世界ではありますが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ただ、でも、やっぱり、月日が経つほどに、少しずつ気づく、見て見ぬフリをするには大きくなりすぎる、この満たされなさ。なくたって生きてゆけるなとおもっていた、結局のところ人間の感情なんてそんなものだとおもっていた、でも、なんでか足りない、ずっと物足りない、埋まらない、満ちない、なにかを渇望してやまないこの心臓。

 

歌がうまいひとってたくさんいる、オンラインライブもいろいろ見た、隙間を埋めてくれるおもしろいひとがたくさんいるおもしろいコンテンツがたくさんある、どんな暗い世の中でも希望を与えてくれる光がちゃんとある、でもでもでも、でもなのだ、なにを差し置いたって、タラチオさんのライブに適うものなんかどこにも見当たらないこと、替えがきかないこと、日を増すごとに気づいてしまう、それをことばにしたらずるずる、苦しい気がしてできなかったけれど。

 


べつになにもかも世界一だなんて思っていないけど、オタクとしてファンとしてそんな盲目な思い上がりはないけれど、世界一の数字なんかなくていい、世界を変える力なんかなくていい、わたしはそこに最高の夜があることをよくよく知っていてよくよく憶えているからそれでいい。

 

信じているんだよ、またああいう夜を愛し合えること、わたしたちが愛おしく思うよりももしかしたらずっと、愛おしく思っていたでしょう、同じ空気を同じ温度を同じ時間を同じ夜を。

こころのちょうど真ん中に、そこでじゃなきゃ満たされない渇きがあるハズだって、わかる、わかる、わかるわかるわかるよ、痛いくらいに満ちたい、また

 

 

 

 

 

 

 


さておきそれからひとつ、勘違いするべきでないことは、あのね、変わりませんよ、現場がなくたって生放送や動画がなくたって、ずっと好きでいられるほどの感情を与えてもらってきた、たった半年1年そこらで消化しきれる量じゃない愛があります、そこに飢えたりはしていないということ。

あの時間を望む渇きはどうしようもない衝動で、だからどうしてほしいとか、だから他になにか与えてほしいとか、そういうハナシでは全くない、それはまた別のことです、別の感情で、綯い交ぜにしてはいけない。

 

なんていうかほんとうにさ、タラチオさんの絵描いてるときってほんとうに、ほんとにめちゃくちゃたのしくて、ずっとドキドキするんだな、完成させたくてたまらないきもちで画面に向き合っていない時間すらも過ごせる、ほんとに、それだけでわたしのきもちは十二分に。

ぜんぜん関係ないことのようだけどそうではない、絵を描くという行為は……わたしにとっては、それもまた衝動で感情の行為、絵を描かなくなったから薄れたというワケもないのがややこしいですがまあ、だれにも伝わらなくともこのドキドキトキメキ興奮はいつだってホンモノです。

 

好きな人間のこと全てをもちろん、そして自分のなかの好きなきもちと、わたしにとってはこの世でいちばん大事にすべきことで、どういう風でも好きというのは愛というのはやさしくあたたかくまるいままに保っておきたいだけです大切にしたいだけです、それさえあれば生きてゆけるような、そのくらい。

 

 


なんにしたって、どんな世の中でもそれでもなるべく全人類だれにとっても、そのときの最大限にあたたかい世界であればよいとおもいます。世界平和、短冊に書くねがいごと。

 


話が飛んで跳ねてあっちこっちなのは何日にも分けて書く悪いクセのせいですいつものことですが矛盾も愛していてくださいラブアンドピースne

 

タイトルとかない

意味のあるタイトルをつけられる人間はほんとうにスゴい才能があるいつもなにも思いつかずそのときの気持ちを書いているね……おなかぺこり

 

 

 

文章は載せないでほしいということなので、これはただ個人的な返信で私信なのですが、そしてお返事が遅くなったことは決して内容への煩わしさではなく、長い文章であるほど読むこと考えることにも時間がかかってしまい…ので、気に病むことはなにもないし謝る必要もわたしに対してはほんとうに欠片もありません。

狂ったとき人に話してぶちまけて吐き出したことを少し冷静になってから後悔して謝りたくなったことはわたしも、たくさんある、のでね、わかります、だいじょうぶ、わたしもそういうにんげんで…抑え込めない自分の衝動にどうしようもない恥ずかしさを抱えてしまうねいつも。そして、そうなってしまうときは通常ならためらうところを踏み切って送信ボタンを押してしまうときはだれかに縋りたくて仕方がないときだというのも、わかります。

 

まず、そう、そうね、死にたいという感情は確かに、正常なものではないなと、おもうんだよね、それはほんとうにどうしようもなくてどうしようもなくてどうしようもないことなのだけど、大多数の人間が言う“正常さ”を欠いている感情だとはおもう、特に今までそうでなかったのが急に、またはじわじわと、そうなっていったのであればそれは異常なのだと捉えてもよいことだとおもいます。死にたさが当たり前の人間だっているというのもわかりつつ、自分はどうなのかというところ、これは異常な感情なのだと自覚をしているほうが楽になることも、あるかなとわたしは…おもうね。

そしてそういう感情である以上、抱いたことのない人間には全く理解の追いつかないところにあるというのも……それはそうで、わかるワケがない、無意識に踏切と線路をじっと見つめるようなこと、インターネットで死に方を読み漁るようなこと、自分を傷つけたい感情も、自分のいない世界を想像して泣く夜も。知らないものは本能的にこわい、のかもしれませんね、うちのいぬも初めて見るものには大抵ワンワンワンワンです、更に人間はムダに思考するので、そう、そうですね。


学校なんていうのは通っているときは固定的にその世界しかなくなってしまうのがつらいところではあるけれど、狭い狭い閉じたコミュニティでしかなく、ただ、その狭さゆえに一度コミュニティから除外したものを元の場所に戻すことは……こんなこと言うべきではないかもしれないのだけど少なくともわたしは見たことがない、かも、な。たった一度つまずいただけのハズなのに、たった一度つまずいただけで標的にされるような、別に誰だっていいんだ、共通につつける話題作りに必死で、なんで自分がなんてなんであの子がなんて誰だっていいんだとしか言いようがない、人間は、ほんとうに愚かです。

わたしの友だちに東大現役合格の脳みその優れた男がいますけれど、人間の粗を探しては大事に大事に証拠を保存して同級生が集まったときに笑いものにするようなほんとにまあ最悪でしかたのない、でも彼は愛されていて、わたしも彼に嫌悪感を抱いた記憶はありません。つまるところいじめにも満たないようにしか見えなかった(これは彼の賢さゆえでまた最悪極まりないのですが)それらは、彼らにとっては盛り上がる話題の1つでしかなく、そこに特別、嫌いだから追い詰めてやろうだとか、故意に笑いものにしてやろうだとかそういう意思はない、のだね、これはわたしのいたそれなりに賢い人間の多い環境のハナシで、そういうところですらそうだったので、というハナシで、もっともっと最悪なところはたくさん、あるのだろうとおもいますが。

これが良いことか悪いことかはわかりませんが、これらの場合大抵は心の底から本気で嫌いだとかそんな大きな感情は動いていないし、その人の全てが悪いかと言われたら決してそんなことはなく、ただ一度だけ一歩踏み外したとか、ただ一度だけ一歩踏み間違えたとか、ほんとうにそれだけのことだったり、してしまうワケです。その人個人に問題があることって案外少なく、問題があるのは環境で、問題があるのは世界で、きっとあなた自身に大きな問題や特別悪いところなんていうのは無い、と、断言はもちろんわたしにはできませんが、決してあなたに悪いところがあるという事実に繋がるものではありません。


避けられたりというのが気にしすぎでなく事実なら、いつも蚊帳の外から見ていたわたしとしては、正直なところ基本的にだれのことも信用するべきではなくなっているのかも、しれません、今のところは。

わたしもあなたもきっとそうだと思うのだけれど、人間、一度マイナスな感情を抱いた人間への好感度が回復することってまあ、そうそうあるものだとは思えないというか、そんなことができる人間は人間が出来すぎているか恐ろしく記憶力が欠如しているか他人への興味がゼロなのか、それなりに時間が経っても一度苦手意識を持ってしまった人間に対してのそれは、そうそう、そうそうね、消えなかったりしてしまうものだと、いやわたしだけのことかもしれませんが、ですね。

それでもわたしの見てきた彼ら彼女らも、例えば部活内で、例えばクラスの違うグループで、例えば学校外で、それなりにそれなりを暮らしていたようにおもうので、クラスが全てだなんてとんでもない、だからその場所は諦めろなんてことも、とてもわたしには言えませんが、そこに世界の全てなんてないよ、ないです、ありません。

ただ、1人でも好意を向けてくれるひとがいたとしたらそれは疑わず(疑いたくなる気持ちをなんとか押さえ込んででも)大切にするべき、だとわたしはおもいますね。

 

1つ違う視点のおはなしをすると、例えばこの場合は先生にそういうことを言われたということですけど、そういうなにか、後ろめたさというか、その後のこと全て信用できなくなるようなきっかけ、きっとそういうことを言う人はそんな風に重たいことばだなんて思ってもみないのでしょうけれど、なんかね、そういうことって……ある、ずっとそのことばがチラつく呪いとも言っていいそれは、思考を滞らせて、不安と恐怖で人をころす。気にしすぎるからうまく話せなくなって、うまく話せないから離れてゆかれて、人の目線が気になり、自分のことばを話せなくなること、本来あったハズの滞りなく生きていたハズの自分を失うこと。全く全て気にしすぎているだけだという可能性のハナシね、これは。そういう可能性も、もちろん十二分にあるとおもいます、ヨ。

その呪いを払拭するのはむずかしいことなのだけど、肯定してくれる人がいればゆっくり忘れてゆけるとおもうのだけど、時間が解決してくれることだとは思いつつそんな気長さもむずかしかったり、一度ゆっくり休めれば、それこそ辞められるなら辞めてしまってもいい、大きな決断ではあっても学校を辞めたくらいで人生どうにかなるものでもないのはこの身をもって。

 

 

きっとこんな風に言うべきではなく、もしかしたらもっと甘く生ぬるいなぐさめがほしかったのかも、しれませんが、それでゆくゆく更に傷つくようなことはあってはならない、でも傷つけてしまっていたらごめんなのね、こんな謝罪はわたしの自己保身でエゴイズムですが、ほんとうはなにもかも解決してあたたかく息苦しくない世界に生きてゆけることがなによりに決まっています、後悔してしまうほどによく考えられることがとてもステキです、怒りより悲しさに変換できる優しさがとてもステキです、それをわかる人がそばにいてくれることを願います。

世界は案外広く、人間はたくさんいて、例えばわたしのような人間を好いてくれる奇特な人間もいるように、そう、そうです、絶望してやることなんてないからね、くだらなさに巻き込まれてやる必要もない、やさしい人が食いものにされるなんてことはいけません、やさしさは強さです、失うべきものではない。


なにも解決になっていないただ長いだけの文章を書いてしまい……いつもわたしは勝手に長々しゃべることしかできません、後悔しながら生きてゆくのは苦しくてあのときああすればああしなければということ、それはもう…たくさん、あるに決まっていて、そういうものは大抵時薬に尽きますが、何かに救いを求めるのも悪くはない、何かに依存するのだって悪くはない、他人はひとまずさておいて自分が楽になれる方法を考えましょう、それはわたしが提示できるものではない、ケド。

自分のこと世界の中心だと思いましょう、だって自分だし。これはFB777さんより。わたしもおはなしくらいならいつでも聞けるよ少なくとも1人ここに、あなたのこととまとまりのない文章を数日にわたって考えるわたしはいますのでね、誰かに話すのは大事なことですいつでもマシュマロやDMはあけておきます。

ぶんぶん

今日はたくさん運転をしました。たくさん。ぶんぶんハローユーチューブ

 


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たまに舌ピのこと聞かれるので詳しく書いておこうかなとおもいます、ただしぜんぶわたしのごくごく個人的な所感なのでごりょうしょう


まずわたしの舌ピは1年半前くらいに渋谷のnoonというピアススタジオであけてもらったもので、部位的にはセンタータン、太さは14G、値段はたしか1万円しないくらいだったかな?値段変動するしロクなHPや価格設定を見られるところがないのでたしかなことは言えないのだけど…1万円前後かなとおもいます。インダスとトラガスもそこであけてもらっているし、わたしとしてはかなり信用を置いているお店です、入り口わかりにくいしおじちゃん見た目コワすぎるケド……。


痛みですが、ほぼ無痛……という定かではない記憶……。少なくとも舌を噛んだときよりは痛くない、もちろん個人差はあるに決まっていますけれどあけるときの痛みはかなり少ない部位だと、おもいます。ただ自分であけるとどうかはわからない、技術のある人にあけてもらったにんげんの感想です。

あけるときはそんなカンジとして、あけたあと数日は舌がかなり腫れるので固形物はほぼ食べられないとおもったほうがいい、かな〜、食べるときってめちゃくちゃ舌を使ってるんだなと感動した、腫れてる間は動かすと痛いねガマンして無理やり動かすのがイヤなくらいには。


しゃべることに関してはわたしはあんまり、舌が痛くてしゃべれなくなるなんてこともなく恐らくもともと滑舌のいいほうではないので誰からも指摘されなかったくらい……ただ腫れが引いて安定するまではシャフトの長いピアスをつけているのでだんだんそっちがわずらわしくなってきますたまにごはんといっしょにめっちゃ噛むので歯が欠けるんじゃないかヒヤヒヤします、でも歯はとても丈夫。


消毒やケアは歯を磨くときにモンダミンとかそういう……そういうのを使っていたくらい、かな、口内の治癒力スゴイので安定するのもかなり早い、わたしは1週間もしたらもうシャフトの短いピアスにつけかえてもいいかなとおもうくらいだったように記憶しています。


わたしは口を大きくあけてしゃべったり笑ったりするほうじゃないので、ほんとうに自分から言わない限りバレたことはない気がする、舌ピが原因でなにか不利益を被ったこともないですいまのところ。偏見がヤバめなひとに見つかると厄介かもだけどそんなヤツは偏見だけでなく人間としてヤベーのでヤバいだけだし、まあ。

自分であけようとおもうならYouTubeで検索するとたくさんピアス系YouTuberの動画出てくるので、参考に…するかしないかは自分次第ですケド、文章とかで見るよりはわかりやすいかな、どうかな。


そんなカンジでざっくり、他にも気になることあればまたましゅまろに、わたしに答えられることならこたえてゆきます。舌ピちゃんかわいよねありがと〜っっ、わたしももうひとつあけようかなやんでるのであけたらまたレポート的なそれします。でもはいしゃさん行かなきゃなのでむしばがぜんぶなくなってから…

 

最近ずっとあたまいたいんだけどねちゅちゅしょかな脳みそふっとうしてしぬかも